遅くなりましたが、今回の国試の総評です。
完全相対評価に移行してから4年目の109回国家試験の難易度については、前回とは異なり、全体的には中等度でした。108回国家試験の難易度から比べると難化と言われるかもしれませんが、過去4~5年の推移で見ると、108回が例外で109回は例年通りの難易度となっています。
過去4年間の合格ボーダーラインの推移は、108回[平均254点(345点満点、他社の自己採点システム調べ)、合格点235点]、107回[平均236.6点(345点満点、他社の自己採点システム調べ)、合格点217点]、106回[平均234.6点(344点満点、他社の自己採点システム調べ)、合格点215点]105回[平均233.4点(他社の自己採点システム調べ)、合格点213点]108回は平均点が254問と大幅に上がり、合格点が235点と、国家試験始まって以来初めて合格点が225点を超えた試験でした。それに比べて109回は、107~105回の推移に近い形になりました。
また、近年の傾向と同様に、科目の枠にとらわれない複数の科目の知識を複合的に使う問題(=融合問題)が数多く出題されました。また、グラフを読み取る問題や計算を要する問題が多く出題されていたため、暗記に頼った勉強では対応できず、苦戦した学生も多かったように思います。一方で、科目の枠にとらわれずに多角的な視点で学習した生徒にとっては、余裕をもって合格できた試験でもありました。
■必須
全体的な難易度は例年よりやや難でした。科目別では、物理、生物に関しては前回よりも少し易しくなりました。衛生、薬理、法規、実務の難易度は少し上昇しました。リード文から問われていることをしっかり把握して解く必要があり、周辺知識からも出題があったため、単純に暗記していた受験生は必須の足切りに苦しんだ人も多かったようです。
物理は、解答に時間がかかるpHの計算問題も出題されました。化学は基礎事項、無機化学、有機反応及び生薬と、満遍なく出題されました。特に、反応機構を把握した上で、その情報を反応エネルギー図と対応させる問題や生薬成分の薬理作用から副作用につなげる問題が新しく出題され、得点が思うように取れなかった受験生が多かったようです。生物は、比較的解きやすい問題が多く、基礎知識がある受験生は得点につながったようです。また、コアカリ(R4)を意識する問題の出題が継続してみられ、「解剖・生理学」がより重要視されています。衛生は、グラフの問題として食事摂取基準における指標、公害苦情件数の推移が出題されました。薬理は、例年通りの平易な内容となっており、得点できた受験生が多く見られました。薬物治療は、適応や治療薬の選択に関する問題も出題されており、薬理と薬物治療の知識を繋げてとか問題も多く出題されました。ナルコレプシーなどのマイナーな疾患の出題も見られたので、より広い知識が求められました。薬剤は、例年通りの平易な問題でした。図や構造を用いた問題が例年よりも多く見られました。法規は、やや難易度が高く、例年と出題方式が異なる問題も見られました。法律の名前だけでなく内容を問われる問題や昨年度に引き続き、条文や定義を穴抜きで問う問題が出題されました。実務は、難易度としては中等でした。MRSA感染症の治療プロセスを基にした内容や乳児に対する薬の使い方など新しい形式の問題も出題されました。
■理論
全体としての難易度は中等でした。しかし今回は連問や症例問題が増加し、臨床を意識した幅広い疾患からの出題でした。物理は、計算問題は4題出題されたが既出問題をベースとした問題もあり、難易度は中等でした。化学は全体として問われた内容が基本に忠実であったため、難易度は中等でした。コアカリ(R4)の「代表的疾患の治療薬とその作用機序【化学領域】」を意識させる、非ステロイド性抗炎症薬に関する問題があり、生薬は2題出題されました。生物は図や構造を用いた問題が多く出題されました。また例年通り読解問題が出題され、与えられた情報を正確に読み取る総合力が求められました。臨床の知識が求められる問題も出題されました。衛生は、グラフの問題は4問、構造式を用いた問題は2問、計算問題は1問出題されました。薬理は基本的な薬物の作用点を理解していれば、比較的解きやすい問題でした。病態との連間は4題ありましたが、薬理単間として解ける内容でした。薬物治療は、薬理との連問の出題が増加しました。症例や検査値から正答を導く問題もみられ、難易度が高い問題もありましたが、全体として既出問題の知識で正誤の判断ができるものが多かったです。薬剤は既出問題とその周辺知識を中心に出題されましたが、図や表のデータを読み取って考える必要があり、単に暗記しているだけでは解答ができない問題もみられました。法規は既出問題や周辺知識で解ける問題もありしたが、新傾向の出題が例年より多く、得点しにくい印象でした。法改正に関わる問題が出題され、倫理ではコミュニケーション技法を問う出題が多い印象でした。実務は多くが既出問題の知識を活用することで解答が可能ですが、一部で既出問題で出題されていない薬物の特徴についても出題がありました。新薬に関する問題も出題されており、臨床現場で注目されている医薬品の把握が重要だと言えます。
■ 実践問題全体としての難易度は「中等」でした。実践問題の傾向は例年の国家試験と同様に、実践的かつ複合的な知識を問う問題が多い印象を受けました。症例・処方・検査値など情報量の多いリード文が多く、それらの情報の中から必要な要素を的確に選び、適切な治療に繋げる能力が求められる問題が出題されました。しっかり読解して、必要な知識を考えて解く問題が多かったため、時間不足を感じた受験生も多かったと思います。107回で出題された実践問題での4連間は108回国試では出題されませんでしたが、109回国試では乳がんについての薬理、薬剤、実務の4連間が出題されました。物理は、コアカリ(R4)を意識した医療と繋げた問題も出題されました。化学は臨床を意識した問題が多く、単純な化学的知識だけではなく他科目の知識と併せた知識が必要な問で構成されていました。構造の問題は継続した出題が予想されます。生物も臨床につながる多角的な知識が求められ、臨床に関連する内容の学修が重要であると考えます。衛生は、構造式の問題は2題、計算問題は1題、他に経口補水液のマーク問題や塩素消毒が不十分な温泉でのレジオネラ属菌による汚染に関する問題、フレイルに関する問題も出題されました。薬理はほとんどの問題が単間として正答を導けるものでした。各症例に対して処方された薬物はいずれも主要薬物であり、既出問題から網羅的に主要薬物についての学修が進んでいれば正答できると考えられます。今までの医薬品の薬理作用を直接問う問題ではなく、症例・処方のリード文に対し、追加した薬物の作用機序を問う問題や処方薬とは異なる作用機序を問う問題など患者背景と医薬品についての知識を総合的にみる視点での出題が増加しており、難易度が高くなりました。薬物治療は、医薬品情報からの出題はありませんでした。症例と治療薬から該当する疾患を選択する問題、症例と検査値から正答を導く問題が出題されました。多職種連携における薬剤師の役割に関する出題もありました。薬剤は、物理薬剤は出題はありませんでした。グラフ、図、構造の問題が4題あり、これらを読み取り具体的な製剤の特徴を考える問題が出題されました。また、薬剤と薬理の4連間(乳がんの問題)が出題されました。DDS製剤を中心に、具体的な製剤を絡めた出題も多数ありました。法規は既出問題とその周辺知識の理解で対応できる問題が多く、難易度は108回より難化して中等でした。法規や制度を中心とした出題であり、倫理からの出題はありませんでした。傾向としては、例年と比較してリード文から情報を読み取り解答する問題や、OTC薬の出題が目立ちました。また、2025年を目途とした地域包括ケアシステムの構築が意識されている問題も出題されました。実務は例年に比べ、既出問題の知識を基にした出題が多かったですが、症例の流れや検査値の推移を読み取る必要があり、文章量が多いため解答に時間を要したと考えられます。問題形式としては、処方医への提案内容を考える問題が多く、検査値の基準や医薬品の代表的な副作用とその対策を把握した上で解答を導く必要がありました。
■まとめ
先述しましたが、昨年と比べると平均点が大きく下がる形となりました。しかし、第105〜107回と比較するとそこまで難化しているわけではなく、108回を除く例年通りの難易度となっていました。 また、実践的な問題や科目複合型の問題も多く、次年度は更に多角的な視点からの出題が予想されます。そのため、薬剤師国家試験で合格するには単なる暗記ではなく、しっかりと基礎知識を付けた状態で応用問題を解く、といった地道な努力の積み重ねを行うことが重要であると思われます。特に、薬学部2,3年次に身に着けた基礎知識は国試は勿論、将来薬剤師となって新たな知識をつけていく上で大いに役に立ちます。毎年のように新しい医薬品が開発され、頻繁に情報のアップデートが必要になっていく医療現場で一人前の薬剤師になるには、薬剤師になってからであっても常日頃からの勉強が重要です。それに加えて、近年リード文が長く読解力が必要な問題も増えてきています。よって、日々の教科書的学習をベースに、それらの知識をうまく繋ぎ合わせ、必要な情報を選択して解答を導き出すトレーニングが必要であると思われます。また、既出問題に関しても、その問題から一歩踏み込んだ形で出題される形式が増えてきています。過去問を演習をする際にはその周辺知識も含めて勉強できるとより試験本番で役に立つ知識になるでしょう。
また、病院や薬局の実習で実際に体験して、学んだ情報は定着しやすく実践問題等を解答する上での大きな武器となります。実際に、今回の試験では実務系だけではなくすべての科目で臨床に則した問題が増えた印象があり、臨床で役立つ薬剤師を輩出していきたい、という出題者側の想いが感じ取れるような試験でもありました。今後もそういった臨床での知識が役立つような問題は増えていくことでしょう。しかし、教科書的暗記の勉強法は基礎を作るために絶対不可欠なものなので、決して蔑ろにすることなく、それらの知識をベースとした更なる能力向上が必要であるということを忘れないで頂きたいと思います。図や表、構造式を使用した問題の出題も増えているため、教科書等に乗っている図などを活用して理解しておくとより良いでしょう。このようにやはり薬剤師国家試験の勉強を始めるにあたっての最優先事項は知識の定着です。早期の知識定着を図り様々なタイプの応用問題に挑戦することで臨機応変に解答を導き出す力を伸ばすことができると思います。
最後に、薬剤師国家試験に合格することはゴールではなく、あくまで一人前の医療人になるためのスタートラインであり、国試に合格するまでに行った努力の積み重ねは、必ず薬剤師になってからも役に立ちます。来年以降に受験する皆さんには、ぜひとも将来のビジョンを描きながら国試勉強に向けて頑張ってほしいと思っております。